お侍様 小劇場

   “晩秋の訪のいに…” (お侍 番外編 97)
 


      




学校へは寄らずの現地集合だったということで、
たまたま同じ列車に乗り合わせていた、兵庫先輩の機転もあってのこと、
無事に目的地のJRの駅舎から降り立てば。
どちら様もその筋の人間たちだろ、
いかつかったり体格がよかったりする顔触れが、
三々五々ながら、同じ方向目指して歩み出しており。
見ようによっては十分異様かも知れぬ一行の波へと、
彼らもまた自然な流れで紛れ込んだが、

 「…お。」
 「ほら、あれ。」

さっそくのように視線が集まる、痩躯ながらも練達な剣豪コンビ。
さすがは白皙美貌が際立つか、いやいや そうではありませぬ。

 「あんな姿を見る限りじゃあ、頼りないくらいだのによ。」
 「まあ、日頃から喧嘩腰な奴は大したこたねぇって言うしな。」

周囲を行く顔触れには柔道関係者も含まれており。
それで尚更に小さく見えもする彼らなのを、
そんな見栄えにも関わらず、
どんだけ強いか知り尽くしている関東圏の剣道関係者の皆様が。
しみじみとした声で、
こそこそと囁き合っているらしいというのが穿っている。
都大会でも関東大会でも、そしてそして全国選手権大会でも、
出た試合には必ず勝つ、常勝の凄腕二人であり。
あれで公立所属だもんよと、
有名道場がらみで出場の、
練習漬け組が しょっぱそうなお顔になるのもいつもの話。
まま、遊び半分の片手間ではなく、
武道にしか関心がないという噂だから、
なんぼか救われるけれどと…それもなんだか微妙な理屈を口にし、
慰め合うような苦笑をこぼすばかりの皆様。

  「………。」

細っこい剣豪の、金髪綿毛の君の方の頭の中が、
一見、真摯な真顔でありながら、
実はといや、今は丁度、

  早く帰れそうなら
  シチに何かお土産でも買って帰ろかな

という段取りで一杯なのを、
是非とも見せてやりたかったりするのだが。
(苦笑)

 「…っと、ちょっとそこで待ってろ。」

真新しい建物の異様が近づくにつれ、
周辺での集合となったクチは他にも多いか、
いきなり人口密度が高まっており。
自分たちの関係者がどこに集まっているものなやら、
これは少々探さねばならぬようだと気づいた榊先輩。
連れへと向き直ると、あらためての指示を出す。

 「いいか? 携帯で呼んだら来い。
  それまでは多少は散歩していてもいいからな。」
 「…。(頷)」

頼りなく見えても高校生だし、不思議と方向感覚は鋭いお人で、
初めて来た土地でも、
何とはなく歩いていれば目的地へ着いているという、
ともすりゃ恐ろしい感覚持ちな彼であり。
それが効かなくとも…こうまで目立つ風貌ならば、
黒の占める面積が多い群衆の中から捜すのも容易かろうと、
いろいろ合理的な判断の下、
ママが戻るまで待ってなさいという
(こら)
いつもの打ち合わせの後に離れた先輩様であり。

 “たとえ絡まれたとしても、こういう場での諍いは周囲が止めようしな。”

何と言っても、結構大きな流派の肝入りという総合会館のこけら落としだ。
そこで要らぬ騒動を起こして墨をつけるは賢明とは言えぬ。
そういう分別の働かない輩は、代表者が留守番をさせてもいようほど、
ある意味 格のある集いなので、彼自身が奇行に走る可能性の方が高いくらい。
自分たち同様に、観客席を埋める頭数として招かれたらしい、
似たような制服姿の黒山をあちこち見回しつつ、
先へと急ぐ黒髪の先輩の痩躯を見送り。

  「………。」

人だかりしか見えぬ処にいるのは何とはなく退屈だからと、
早速、あらぬ方向へと歩み始めたミヨちゃん、もとえ、久蔵殿。
面識があるやらないやら、お…っと気づいて目礼を寄越す顔触れへ、
視野の中なら何とか小さな会釈を返しつつ(註;兵庫さんから叩き込まれた条件反射)
怖じけもしない足取りでずんずんと進んだ先には、
ビロウドのカバーがついた鎖でつながれた、
恐らくは“関係者以外立ち入り禁止”と制限するポールが、
半ダースほど並んで立ってもいたのだが。

  通りにくい通路だな、
  こんな日に片付けが徹底してないぞと思った程度で難無く通過し

表の喧噪とは打って変わって、しんと静かな中庭へと踏み込んでいた次男坊。

  「………。」

明らかに人造の構成と判る、木立や茂みの配置や育ちようだが、
それでも、質のいい緑や紅葉の始まりかかった落葉樹の醸す、
閑とした清かな空気感は、
森に縁の深かった久蔵には心地のいい感触であり。

  「………。」

ちちち・ちきいと
鋭い声で鳴きながら飛び立った小鳥の影を視線で追いつつ、
寒いのが苦手なのは七郎次のほうかも知れぬと。
出掛けに触れさせてもらった頬の柔らかさと温みを、
見下ろしたその手へ思い出しつつ漠然と思う。
どちらかと言えば幸の薄い育ちだったらしいとだけ、
勘兵衛から聞いたことがあり。
彼へと冷たかったり寒々しかったり、
そんな印象しか宿していない生い立ちを
基点にしている七郎次だからこそ、
人に優しく暖かであろうと務める彼なのでもあろう。

  自分にそそがれなかった分も、誰かへ たくさん

言葉づらとしてはありふれているが、
本当に寂しい悲しい想いしかしなかった子供が
長じて大人になった末、
誰に言われるまでもなく、そうと信奉するよになるなんて。

  これほど哀しい性はなかろうと
  やはり孤独に縁の深かった久蔵には
  輪郭だけながら、痛いほど判るから。

  「…………。」

暖かいもの、幸せなもの。
そういうものをいっぱい集めて、
そういうのだけで囲んでやりたい。

  だから、強くなりたいと。
  島田に追随出来るほど、
  いやさ、
  誰より何より強くなりたいと

いささか短絡過ぎるが、そうと思う久蔵であり。
これから秋も深まり、冬が近づくのを前にして、
温ったかいのだが厳然としているのだか、
何とも複雑な決意を噛みしめていたその足元へ、

  つんつん、と

何物かが意志もて、制服の裾を引いている感触が。

 「???」

そんなにも低い位置から何事かと、
何かに引っかけたかなと見下ろした、その紅色の双眸が捕らえたものは。


  「にゃあ。」


傍から見れば、
キャラメル色の仔猫が足元にまとわりついている図だったが。

 「……お前は。」

小首を傾げ、にゃは〜っと微笑っている小さなその存在。
ふわふかな金の綿毛を頭にいただき、
ちょみっと寸の足らぬ肢体に、
淡い緋色のモヘアのベストを羽織った幼子にしか見えぬ久蔵であり。
しかも、

 「また迷子か?」
 「にゃ?」

そう、またの再会だという覚えが、
記憶に強く残っている相手だったものだから。
何でまたこんなところでどうしたと、
しゃがみ込んでの、両手がかりでそおと抱きかかえてやれば、

 「にゃ、みゃあにゅ。にゃんみゃう。」
 「済まぬが俺には判らん。」

丸みも甘い、見るからに愛らしいお顔の幼子が、
小さなお手々を振っての懸命に、
微妙に楽しそうに何かしらを語り始めたものの、
相変わらずの猫語では残念ながら久蔵には通じない。
確か…一番最近の出会いにて、迷子だったの捕まえたあのときは、
七郎次が一緒であり、
首輪についていたタグから電話番号を見つけてはなかったか。
( 『
mommy meets honey』 参照 )
それを思い出してのこと、
久蔵には人の和子にしか見えぬのに、
何故だろか首に巻いてる革製のベルトをあちこち見ておれば、

 「あ。いた、キュウゾウっ。」

少し離れた横手から、
誰だろか、若い男の子のそれらしいお声がかかり、

 「にゃっ、みゃうにぃvv」

こちらの仔猫様もまた、
そっちを見やってキャッキャとはしゃぎ始めるところを見ると、
どうやらお知り合いであるらしい。
たかたかと駆け寄ってくる気配があり、
見やった先からやって来たのは、
シンプルなブレザータイプの制服姿の男子が、約1名。
結び方は間違ってないが、随分と緩んだネクタイを揺らしつつ、

 「お前、シマダさんたちが捜し回ってたぞ?」

悪い子だなぁといいながら、
とはいえ、その口調にはあんまり詰る気配がなく。
気安いなと微妙に眉が寄った久蔵だったが、

 “…………キュウゾウ?”

自分を呼んだような発声ではなかったようなと気がついて。
ふと手元を見下ろせば、

 「みゃあにゅっ、みゃんにぃvv」

抱き上げた小さな幼子が、乱入者の方へと手を伸ばし、
目許をたわめ、キャッキャと楽しげに はしゃいでいる様子。

  ああそういえば、この子は自分と同じ名前ではなかったか?

そして、探していたお人は“島田姓”ではなかったか。
落としてはなるまいぞという、慎重な構えで抱えている久蔵の、
すぐ傍らまで寄って来たその少年は。
顔を上げると にひゃっと笑い、改めて久蔵を見上げてから、

 「ありがとな。そいつ、俺の友達なんだ。」

はいっと両手を開いて延べてくるのは、
こっちへ渡してという意志にのっとった仕草・態度に他ならず。
こんな危なっかしい幼子、
そうそう簡単に素性の判らぬ存在へ渡していいものかと、
しばし逡巡したものの、

   ……………、、と

どこからか届いた気配へただ“是”と頷いてから、

  「………。」

小さな幼子のほわほわとした温みを、
懐ろからそろりと剥がしつつ、
用心深くも腕を伸べての差し出せば。
うんうんと頷いた少年が…少々危なっかしい細腕で、
それでも難無く受け取って見せる。
手慣れているようには見えなんだけれど、

 「みゃうみゃっvv」
 「そーかそーか。この兄ちゃんにも自慢したのか、お前。」

坊やの側からも、それは嬉しそうに少年へとしがみつき、
それだけでは足りないか、
胸元に足を掛け、肩口へ登り上がろうとする始末。
こらこらと宥めすかす様子も、だのに何とも楽しそうであり、
それを見定めた久蔵としては、

  「…………。」

細い顎をかすかに動かすことで、
どこかの至近、間近の遠くに潜む“草”の方々へ、
追跡は要らぬとの指示を出し直したほど。

  “…相当に懐いてるんだな。”

指の付け根にえくぼが並ぶ、
小さな小さな手でぎゅうと髪を掴まれてしまい、

 「痛いって、キュウゾウ。爪、爪…。」
 「みゅう?」

ありゃりゃあと坊やが小首を傾げるのは、
笑いながらという非難だったのへ混乱したからかも知れぬと思ったほど、
何をされても楽しそうな少年であり。
仲がいいなら まあいっかと、
久蔵がそのまま踵を返しかかれば、

 「あ。お前、もしかして剣道の日本一だろう。」

そんなお声が掛けられて。

 「覚えてねぇかな。ほら、沖縄の高校総体の練習用の会場で、」
 「………………あ。」

そういえば、何で中学生が参加しているのだと兵庫部長に訊いた少年が、
確かこの子みたいな、たいそう小柄な柔道家で。
しかもしかも、

  「……………先輩。」
  「もしかしてお前、人を匂いやオーラで把握してんな?」

まあ、顔とか体型は時々変わるから、アテにはなんねぇかもだけどと、
そちら様こそ、なかなかに大胆というか豪快なことを、
あっさりと言ってのけた小さな先輩柔道家さんは、

 「あんな、もしかしてこの子が猫じゃなく見えてんだとしても。
  それは内緒にしといてやってくれな?」

  ………………?

ここまでの大胆さからは想像もつかぬ、
ちょっぴり掠れさせた小声になって言い足した彼であり。
え?と表情が固まってしまった久蔵をその場に居残し、
じゃあなと にゃはりと笑ってから、
来た方へたかたか駈け戻ってく彼だったりし。

  「にゃう、みゃうにぃvv」
  「コタツ出してもらったの、そんな嬉しいんか、お前。」

ウチもゾロに言って出してもらおっかなぁと、
呑気なお声が語るのが、どんどんと遠くなってくのに気を取られ。

  「……………………………???」

この久蔵さんが珍しくも、
自分のブレザーのポッケから呼んでいる携帯の音に、
しばらくほど気づけないまま立ち尽くしてしまったというから。




  さあ、此処で問題です。

   @久蔵もまた、首輪したその子が“坊や”に見えていることへ
    小さな柔道少年(先輩)が何となく気づいていたことへ驚いた。

   A小さな先輩が、猫語が判るらしいことへ驚いた。

   Bこの寒さにコタツを出したんだぞと
    どこなと行って誰なと言い触らしたくって迷子になったらしい
    そんなキュウゾウくんの無邪気さに驚いた。

   C次のお侍様噺は、
    どうやら、久方ぶりにコタツとご対面した仔猫様のお話らしい。


  どこがどう“問題”なのでしょう。
(こらこら)




   〜Fine〜  10.10.28.


  *何だか ハラホロヒレハレな 〆めで すいません。
   いきなり寒くなったんで、
   微妙に間が空いてた島田さんチの話と、
   猫キュウちゃんとコタツのご対面と、
   どっちを先に書こうか、ギリギリまで迷った迷った。
   結局、何か合体しちゃったような案配になっちゃって。
   途中までは何とも男前だった次男坊でしたのにねぇ。
(笑)

  *ちなみに久蔵さん、
   ガッコでの学園祭では“執事喫茶”で
   執事さんという呼び名のボーイ役を担当したそうです。
   七郎次さんが“おめかししなくちゃね”と妙に張り切ったので、
   オールバックに決めた、
   なかなか珍しい姿の凛々しさで、
   人気投票トップを飾ったそうですよ?
(笑)
 

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